第二次世界大戦の名戦闘機

 第二次世界大戦で活躍した名戦闘機について解説していく。
ついでにプラモデルについても紹介する。

第二次世界大戦の名戦闘機目次

アメリカ
P-38
F4Fワイルドキャット
F6Fヘルキャット
P-51マスタング
F4Uコルセア
ソ連
Yak-3
ドイツ
Bf109
フォッケウルフFw190
日本
ゼロ戦(零式艦上戦闘機)
紫電改
イギリス
スピットファイア
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P-38

 P-38は、アメリカが第二次世界大戦で使用した双発単座戦闘機だ。

↓P-38のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 P-38は高い火力・防御力・機動力・急降下性能を持つ戦闘機だ。
プロペラ2つが左右に配置される設計であったため、機体の中央胴に37mm機関砲と12.7mm機関銃4挺を配備することが可能であり、当時としては高い火力を持っていた。
弱点は旋回性能であり、ゼロ戦と比較して著しく劣っていた。
 1942年に太平洋戦線に投入されたが、当時は日本軍得意の格闘戦に持ち込まれ、苦戦した。
ただ、細かな改良が重ねられ、火力と機動力を活かした一撃離脱戦法に切り替えたことで、キルレシオを大きく改善することに成功した。
 また、ヨーロッパ戦線にも投入され、ドイツ戦闘機と交戦した。
戦闘機として活躍するだけでなく、積載量を活かして戦術爆撃機としても戦果を上げ、ドイツ軍に恐れられた。
 P-38は特異な構造によるインパクトに加え、対日戦・対独戦の両方で活躍したことから、アメリカの名戦闘機の一つと言える。

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F4Fワイルドキャット

 F4Fワイルドキャットは、アメリカが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓F4Fワイルドキャットのプラモデル。興味があれば確認してみて。

 F4Fワイルドキャットは高い防御力と高い生産性が特徴の戦闘機だ。
防御力については「グラマン鉄工所」と呼ばれるほと高かった。
強固な構造に加え、操縦席後部の防弾鋼板、自動防漏機能を備えた燃料タンク、防弾ガラスなどを備えていた。
 太平洋戦争序盤に投入され、日本のゼロ戦との交戦機会も多かった。
ゼロ戦に比べて機動力では劣り格闘戦は不利だったものの、防御力と頑丈さを活かした急降下性能についてはゼロ戦より上だった。
当初はゼロ戦に対して不利だったものの、急降下して撃墜を逃れる戦術を行うことで、キルレシオが改善していった。
 また、ヨーロッパ戦線にもF4Fワイルドキャットが投入されドイツ戦闘機と交戦した。
ドイツ戦闘機は高速だったものの格闘能力は低かったため、太平洋戦線とは異なり積極的に格闘戦を仕掛けた。
 F4Fワイルドキャットは大戦序盤のアメリカ軍を支えた名戦闘機と言える。

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F6Fヘルキャット

 F6Fヘルキャットは、アメリカが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓F6Fヘルキャットのプラモデル。興味があれば確認してみて。

 F6FヘルキャットはF4Fワイルドキャットを改良した戦闘機だ。
改良と言っても、装甲を更に厚くしたり、主翼の折り畳み機構を追加するなど大規模なものではなかった。
だが、それだけでゼロ戦を上回る総合性能を発揮するようになった。
ゼロ戦に対して、依然として格闘能力ではかなわないもののそこそこ小回りがきいた。
更に増した防御力や急降下性能によって、日本軍に恐れられる存在になった。
第二次世界大戦中、日本の航空戦力に最も大きな打撃を与えており、名戦闘機と言える。

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P-51マスタング

 P-51マスタングは、アメリカが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓P-51マスタングのプラモデル。興味があれば確認してみて。

 主翼は低翼配置、尾翼は⊥型という当時の主流設計で作られたのがP-51マスタングだ。
圧倒的な速度と長い航続距離、優れた高高度性能に加え、そこそこの防御力、運動性を持ち、万能な性能を持っていたのが最大の特徴。
ヨーロッパ戦線でも太平洋戦線でも、投入時は戦闘機として運用され活躍した。
だが、次第に装備を変更して対地攻撃に使われることも増えた。
装備を変更するだけで、制空、護衛、対地など様々な戦況に対応できることから、P-51マスタングこそ初期のマルチロール機との評価もある。
しかも、高い性能の割に低価格であった。
実際、アメリカ軍は総合的にP-51マスタングこそ、第二次世界大戦中のアメリカ軍機で最優秀と評価している。
まさしく、アメリカの名戦闘機と言える。

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F4Uコルセア

 F4Uコルセアは、アメリカが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓F4Uコルセアのプラモデル。興味があれば確認してみて。

 F4Uコルセアは前から見て、逆ガル型(上下逆のW字型となる主翼)を持つ戦闘機である。
巨大なプロペラが地面に当たらないようにするために、このような設計になっている。
その他、ブローニングM212.7mm重機関銃6挺、丈夫な骨格、2000馬力のエンジンを採用した結果、
火力、防御力、機動力の全てが優れたハイスペックな戦闘機となった。
しかしながら、1943年2月14日の初陣では、搭乗員の練度に勝る日本軍のゼロ戦に圧倒され、F4U2機を含む大損害を受けてしまう。
だが、搭乗員の練度が上がった太平洋戦争終盤では日本軍機と交戦した時のキルレシオ11:1であり、圧倒的に有利だった。
高性能であり、第二次世界大戦だけでなく朝鮮戦争でも使用されたことから、名戦闘機と言える。

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Yak-3

 Yak-3は、ソ連が第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓Yak-3のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 Yak-3は軽量化、主翼小型化、空力的洗練を徹底した戦闘機。
低高度での上昇や加速に優れ、操縦が容易だった。
1944年の登場以降、武装などを改良しながら運用され続け、ドイツを打ち破る大きな原動力となった。
実戦で最も優れたソ連戦闘機と評価されており、第二次世界大戦後も1952年まで使用されるなど、評価が高い。
ソ連の名戦闘機と言える。

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Bf109

 Bf109は、ドイツが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓Bf109のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 Bf109は単葉、全金属、応力外皮式、密閉式の風防、引込脚など、1935年当時としては先進的な技術が組み込まれた戦闘機だった。
燃料直接噴射ポンプなど高度な技術を多用した高性能エンジンを搭載したことで、特に加速力に優れ、そこそこの運動性能と上昇力を持っていた。
汎用性の高さから第二次世界大戦中を通して、ドイツ軍の主力として活躍し、生産数は現在までの全戦闘機中トップの33984機という凄まじいものとなった。
欠点は航続力の短さであり、ドイツ空軍がイギリスに攻め込んだ戦い「バトル・オブ・ブリテン」では、イギリス上空で15分程度しか行動できなかったことが、敗北の大きな原因となった。
また、大戦前半は性能面で連合国に対し有利にたったが、後半では連合国が新型戦闘機を開発したので劣勢となってしまった。
とはいえ、ドイツ空軍を象徴する機体と言え、名戦闘機と言える存在だ。

有名な戦闘機なので、ゲームでもたびたび登場する。
BF5


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フォッケウルフFw190

 フォッケウルフFw190は、ドイツが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓フォッケウルフFw190のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 ドイツでは液冷エンジンが主流だったが、その中で異例の空冷エンジンを採用したのが、フォッケウルフFw190だ。
エンジンの出力が高い上に、「単排気管の推力で速度を稼ぐ」、「オイルクーラーやオイルタンクをエンジンの前面に搭載し投影面積を稼ぐ」といった画期的な設計が施された。
当時高性能であったBf109を凌駕する速度を叩き出した。
更に頑丈な設計で防御力が高く、広く安定した車輪間隔、余裕ある設計といった特徴があり、拡張性に優れていた。
装備を変えることで、戦略爆撃機や偵察機としての運用も可能だった。
特に大戦前半ではその性能の高さから、連合国に衝撃を与えた機体である。
高高度での性能が低かったため、大戦後半では連合国に高高度爆撃機に対応できないなど苦戦した。
だが、それでも第二次世界大戦を最後まで戦い抜いた。戦後、連合国からはドイツ最良の戦闘機と評価を受けている。
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ゼロ戦(零式艦上戦闘機)

 ゼロ戦は、日本が第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓ゼロ戦のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 ゼロ戦の特徴は徹底的に軽量化し機動性の向上が図られている点だ。
また、火力についても、機首の7.7mm機銃2挺に加え、大戦初期としては強力な20mm機銃2挺が搭載されていた。
削られたのは防御力であり、防弾板、防弾燃料タンク、自動消火装置と言った他国の戦闘機には当たり前にあるものが搭載されていなかった。
防御力は低いものの、軽量化したことによる速度・旋回・航続距離などの性能は当時の他国戦闘機と比べて圧倒的に優れていた。
素早く敵機の側面や背後に回り込み高い火力を活かし撃墜することが可能だった。
防御力の低さという短所を圧倒的な格闘性能という長所が上回った戦闘機と言える。
太平洋戦線(日本VSアメリカなど連合国)では、アメリカ軍は「ゼロ戦と遭遇したら逃げていい」と指示しているほど。
大戦初期のゼロ戦VS連合国軍機のキルレシオは12:1とされており、大戦初期に限定すれば、ゼロ戦は世界最強の戦闘機だったと言える。
 だが、大戦中盤以降、アメリカ軍は零戦が鹵獲し研究した上、F6FヘルキャットやF4Uコルセアなどの新型戦闘機を投入。
対して、日本は後継機の開発が遅れ、ゼロ戦を使い続けたため、次第に苦戦するようになっていった。
それでも、第二次世界大戦を最後まで戦い抜いたゼロ戦は日本の名戦闘機と言える。

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紫電改

 紫電改は、日本が第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓紫電改のプラモデル。興味があれば確認してみて。

 零戦の後継機として開発され、第二次世界大戦中の日本最強の戦闘機と言えるのが紫電改だ。
欧米エンジンと互角の2000馬力かつ軽量な誉エンジンを搭載しているのが特徴。
それに加え、20mm機銃4挺、自動空戦フラップ、防弾装備自動消火装置などが搭載された。
その結果、非常に高い機動性、高い火力、零戦よりはマシな防御力を備えることに成功した。
紫電改は連合国の最新鋭機と互角以上に戦った。。
紫電改1機でF6Fヘルキャット12機と交戦し、4機を撃墜したという記録さえある。
もし、紫電改の登場が1年早ければ、第二次世界大戦の結果が変わっていたとさえ言われている。
だが、紫電改が戦線に投入されたのは1944年12月であり、日本が敗戦する直前だった。
空襲で工場が焼き払われ、紫電改の生産数は低迷してしまった。
だが、わずかな数でもアメリガ軍戦闘機に立ち向かい善戦し続けた。
日本の名戦闘機の一つである。

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スピットファイア

 スピットファイアは、イギリスが第二次世界大戦で使用した戦闘機だ。

↓スピットファイアのプラモデル。興味があれば確認してみて。

 スピットファイアは旋回性能を高めるために楕円形で薄い主翼を採用したイギリス戦闘機だ。
初飛行したのは1936年だが、設計が優秀だったため、エンジンのみ出力増加することで、第二次世界大戦を戦い抜いた。
更には1950年代まで使用されたことから、名戦闘機と言える。
特に「バトル・オブ・ブリテン」(1940年のドイツVSイギリスの航空戦)では、
高い旋回性能とコクピットの視界が良好だった点を活かし、攻めてきたドイツ戦闘機に対し格闘戦を挑み、多くを撃墜し活躍した。
イギリス防衛に大きく貢献したことから、イギリスでは「救国戦闘機」とさえ呼ばれている名戦闘機である。
 ただ、その後、太平洋戦線での日本軍との戦いでは苦戦してしまう。
これは、日本のゼロ戦などが得意なのが格闘戦であるにもかかわらず、ドイツ戦闘機と同様に格闘戦を挑んでしまった点が大きい。
高温多湿の太平洋アジアの気候により、故障が相次いてしまったのも原因の一つである。

有名な戦闘機なので、ゲームでもたびたび登場する。
BF5


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